更新&お返事が遅くなってごめんなさい!
この3連休は天橋立などに行って、蟹やら海の幸やらたらふく食べてきました〜(^0^)
この1週間はダイエット週間にします…_| ̄|○
さてさて。
先日の日記に沢山のコメント、ありがとうございましたm(_ _)m
皆様のコメントを拝見していて、昔兄と交わしたメールを思い出しました。
兄とメールを交わすようになったのはいつからだったかなぁ。
たぶん、母の具合が悪くなってから色々状況を聞くためにやりとりを始めたような…
それ以来、よくメールで話しをしてます。
顔を見て言えないことも、メールでは言えたりするし。
このメールは3年前、母の一周忌が過ぎて理子の胸の手術を具体的に考え始めた頃、悩む私に兄がくれたメールです。
兄は小学校にあがる頃、腎臓の病気で半年近く入院して、退院後も小学校を卒業するまでは再発防止のために運動や食事など、色んな制限をされていました。
その時の自分の気持ちを色々綴って、私を励ましてくれました。
そのメールをご紹介してコメントへのお返事代わりにしたいと思います。すみません。
(お兄ちゃん、無断でゴメン!!!)
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私> そうなんよね・・・。お医者さんも言ってた。
私> 小学校低学年の頃って、無邪気に傷つくようなこと言ったり、変なあだ名とかつけたりするからね。
私> そういう心のケアのためにも、手術をおすすめしますって。
私> そんな外見にとらわれず、個性の一つと思って強く生きて欲しい、とは思うんだけどね。
私> そんなのきれいごとかなぁと思ったり。
私> かといってそんなことにこだわって健康な体を傷つけるのは、親のエゴかなぁと思ったり。
私> 理子が年頃になって外見を気にするようになったときに、「手術をしてくれてありがとう」って言ってもらえたら、すごく嬉しいけど。
兄> そうか、痛むのか、それを聞くと辛いね。
兄> 俺の場合は理子ちゃんと違うけど、病気でいつも長袖・長ズボン・セーターにマフラーさせられて、体育は全て見学でみんなと同じものが食べられない時期がずっと続いてて、退院して小学校行き始めた頃はそんな状況にプラス関西弁だろ(注:我が家は兄が小学校あがる前まで関西にいて広島に引っ越しました)
兄> 小学生って冬でも半袖半ズボンで鳥肌たってても寒くないと言わないと男じゃないって感じなんだ(注:制服の小学校で、男子は冬でも半ズボンでした)
兄> だから集中的にいじめられてて4〜5人に囲まれて色々と言われたりしょっちゅうだったし、殴り合いの喧嘩した覚えもあるけど体力無いから勝てないよね。出来ればそう言った事はないほうがね・・・・
兄> 3年間くらい友達出来なくて、5年生の時に初めて友達が出来て、それが友(とも)くんだったんだけどね。
兄> 女の子にはそう言った経験はない方が良いなって俺は思うんだけどね。
兄> ちょっと話は違うけど、何回かやったけど、一度かなりの思いで登校拒否をしたことがある、でも母さん休ませてくれなかったよ、びんたをされて学校行きなさいって家から出されて、それでも行かないと追っかけてきてまたびんたされて、後すざりしても学校行かないって言ったらまた追いかけられてびんたされて、それを青葉出版の当たりまで泣きながら繰り返したことがある、やっぱりセーターとマフラーさせられてね。(注:青葉出版は通学路の途中にあった会社。家から小学校までは約1.5kmで、青葉出版はその中間地点くらいにあった。たぶん^^;)
兄> 今考えるとすごいと思うよ、その時は母さんのこと憎いとしか思えなかったけど、今考えるとすごいね、俺がその立場だったら自信ないよ、でも病気なんだから、みんなと違うんだからって学校休ませてたらろくな人間になってないと思うし、そうやってくれたおかげで我慢することも出来るようになったし、人に勝つことも出来るようになったし、強くなったって思うんだ。
私> 去年の3月頃だったかなぁ・・・お母さんから聞いたことがあるよ。(注:母が亡くなる1か月ちょっと前のことです)
私> お兄ちゃんが学校行きたくないって言うのを引きずって行かせたって。
私> 私はそんなこと全然覚えてないよ。
私> お兄ちゃんがいじめられてたっていうのは、あとから友くんから聞いて知ったって。
私> かわいそうなことしたって言ってたよ。
私> いじめられてるって知ってたら、お母さんどうしただろうね。学校にのりこんで行ったかもね。私も強い母親にならないとなぁ・・・
私> 今になってやっと、病気の子供を持つ親の苦労は大変なものがあるんだなぁって思うようになったよ。
私> 理子の場合は命に関わる訳でもなくて健康に育ってるのに、それでも心配だし悩むもんね。
私> こんなことで手術を考えるなんて、重い病気や障害を持った人から見れば、贅沢なことなのかなぁ。でもどうするにしろ、親がどれだけ子供のことを大切に思って出した結論かちゃんと話して聞かせれば、分かってくれると思う。
兄> たぶん○ちゃん(注:私の名前)は知らないと思うよ、だだこねてたのがもう昼前くらいの出来事だったからね。
兄> やっぱ母さんも覚えてたのかぁ、まぁあれだけやってしまえば忘れにくいかもしれないよな・・・
兄> いじめられてるのは母さんも薄々気づいてたとは思うんだけど、俺も悪かったけど何で行きたくないか絶対に言わなかったからなぁ
兄> 子供ながらに弱いところを見せたくなかったのと甘えたくなかったから絶対に言わなかったんだけど・・・
兄> 最近もこの性格直ってないけど、少しは直さないといけないのかなぁと最近思うことがあるよ。
兄> いじめられてることを母さんが知っていても結論は同じ事をしてくれたと思うけどね、あの時はああいう風にするしか方法はなかったと思うし、俺自身はいじめられてるのは自分の責任って思ってたからね。
兄> 友くんと知り合った頃はもうだいぶいじめられてなかったんだけどなぁ。
兄> まぁでもそんなことがあったから人よりたくさん運動したり音楽やったり・・・勉強すりゃ良かったかもね(注:兄は中学からベースを始めて、今もちょこちょこバンドで演奏してます)
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友くんと兄は、今でも仲の良い友達です。
妹バカかもしれませんが、とてもいい兄です。
子供の頃にこういう経験をしたからか、とても優しい兄です。
そして母…。
兄の食事制限の道連れで、私も子供の頃は塩分の少ない食事でした。
(私も、というか家族全員道連れ。兄がひがんだり羨ましがったりしないように連帯責任(笑))
それはもう、従妹が泊まりに来ると「味がない」と言われるほどの(^^;)
レトルトやスナック菓子なんて、食べさせてもらった記憶がありません。
どれほど憧れたことか。
まあ高学年になったらこっそり買って食べてたし(笑)、中学の頃からは兄の食事制限もなくなって好きなものを食べてましたけどね。
でもそんな子供の頃の食生活のお陰で私は好き嫌いなく何でも食べられるようになったし、何より兄は再発することなく健康な体になれたのです。
兄が高校生の頃に献血をしたとき、母が
「お兄ちゃんが献血したんだって!
お兄ちゃんも人に血をあげられるくらい健康になったんだねぇ。。。」
ととても嬉しそうに話してたのを今でも覚えています。
母は本当に厳しかったけど、それ以上のものを残してくれたなぁと…。
母の作るお弁当は決してカワイクもなく、彩りも良くなくて、
「もうちょっと工夫してよ!」
と思うこともあったけど、今となってはどんなに頑張っても母のお弁当を超えられないなぁと思うのです。
いや、お弁当だけでなく普段の食生活も…
先日の「
食を見直す!?の日記も、この辺りに通じていたりするのです。
食生活にしろ子供との関係にしろ、色々見直さないといけないなぁと思う今日この頃です…